幼少期
野山を駆け巡るわんぱくな少年でした。
近くにある道路や河川がどこまで続いているのかを知りたくて、毎日辺りが暗くなるまで探索していました。
小学生時代
自転車に乗れるようになり、他県まで遠征するようになりました。
元漁師だった父の影響で魚釣りを開始し、またプラモデル作りにも夢中になりました。
スーパーカーブームをもろに受け、路上を走る乗用車の殆どは言い当てられるようになりました。
高学年になると少年野球に夢中になり、小学4年はショートで5番、小学5年はサードで3番、小学6年はキャッチャーで4番でしたが、大した成績は残せませんでした。
小学5年頃から音楽に目覚め、親にねだったpioneerのコンポで、ニューミュージックを聴き始めました。

小学6年でバイクに目覚め、父親をそそのかして、勤務先の同僚から錆だらけのRG50を入手してもらうことに成功し、親子でレストア作業を行いました。
この頃からプラモデルに対する興味は無くなりました。
中学生時代
中学1年の頃、ブルートレインブームがあり、Canon AE-1とFD50mmF1.4の標準セットで『寝台特急』や『L特急』を撮影しました。
修学旅行ではクラスの撮影担当カメラマンを拝命しました。

部活は軟式テニス部で、中学1年から地区大会の試合には出ていましたが、ペアの友人が上手かったためです。
中学3年になると副部長を拝命しましたが、ペアが変わり、試合の成績はパッとしませんでした。
他に軽音楽部で、アコースティックギターを弾いていました。
ギターは中学1年か2年から始め、『フォークギター全集』?なるものを見ながら弾いていたように思います。
この頃はロックを中心とした洋楽やフュージョン、テクノポップ等を好んで聴いていました。
高身長だったため、バイクはナナハンまで乗れるようになっていました。
高校・大学時代
大学受験をさけるため、国立の高専に進学しました。
先祖代々宮大工だったこともあり、建築学科に入りましたが、関心事はバイクのみで勉強は全くしませんでした。
高専ではバイクやクルマ通学が許可されており、クルマの免許が取れるまでは、雪の日でもバイクで通学しました。
運動部やサークルには入らず、16歳からバイトに明け暮れていました。
校則が殆どなく、制服の着用義務もなかったため、16歳から大学生のように見られていたようです。漫画『750ライダー』の主人公、早川光に憧れ、卒業するまでガソリンスタンドで働き、お客さんから貰った不動のバイクを仕事の合間にレストアしたりしていました。

バイト代は三宅一生や山本寛斎等のデザイナーズブランドの衣服やバイクの維持費等に消えました。なお食べ歩き、旅行、温泉好きは、この頃から始まったようです。
その後
社会人となり、大企業と呼ばれる会社を何社か経験しました。
社会人になった頃からダブルワークやトリプルワークを続けていますが、貯蓄よりも浪費が得意なため、物は増えれど金融資産は一向に増えることなく現在に至ります。
当サイトは、そんなわたくし『KOJIRO』の関心事を独自の価値観に基づき、好き勝手に書いている戯言集です。気分を害されるような文言がありましたら、どうかご容赦ください。
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